リスボン時間の朝七時、東京時間の午後四時。ユキがリスボンの古いアパートのシャッターを開けると、スマホに「今日も寒そう?」とメッセージが届きます。差出人は、東京のコワーキングスペースで仕事中のナオヤ。二人は二〇二三年にベルリンで出会い、二〇二四年からリスボンー東京の二拠点恋愛を続けています。九時間の時差を超える遠距離の、具体的な設計を二人から聞きました。
出会いと最初の半年
二〇二三年の九月、ベルリンのコワーキングスペース「Mindspace」で偶然同じ週に滞在。ユキは当時フリーランスのウェブデザイナー、ナオヤは日本の広告代理店からのサバティカル中。二週間、お互いがアポイントの間に雑談を交わす関係でした。
「最後の金曜に、もう明日発ちます、とナオヤが言って。その夜、一緒に晩ごはんに行ったのが最初のデート」とユキ。その後、ユキがリスボンに戻り、ナオヤが東京に戻ったことで、遠距離が始まりました。
時差九時間の設計
冬時間で九時間、夏時間で八時間。日本からヨーロッパの標準的な時差です。二人が見つけた日常のリズムはこうです:
- リスボンの朝(東京の夕方):十五分のテキスト往復
- リスボンの昼(東京の夜):ユキの仕事中、ナオヤはほぼ寝る時間
- リスボンの夕方(東京の深夜):ナオヤは寝ている、連絡しない
- リスボンの夜(東京の朝):三十分の音声かビデオ通話
つまり、まとまった通話は一日の中で「リスボンの夜=東京の朝」の三十分に集中。残りの時間は、テキストの非同期メッセージで繋がる。お互いが自分の仕事時間を削らない設計です。
毎日同じ時間にビデオ通話を義務化すると、三ヶ月目で崩れます。代わりに、テキストの「今日の窓の景色」「今日のランチ」の軽い共有が、長期的には効きます。
再会のスケジュール
二〇二四年以降、二人は三ヶ月ごとの再会をルール化しています。
- 二月:ユキが東京へ(気候が穏やか)
- 五月:ナオヤがリスボンへ(リスボンの観光シーズン前)
- 八月:第三国で合流(去年は台北、今年はマラケシュ)
- 十一月:ユキが東京へ(年末年始を一緒に)
年四回、二週間ずつの物理的な滞在。年間の費用は、航空券だけで三十万円前後(エコノミー、早期予約、ラウンジアクセスなし)。
費用の現実
- 年間航空券(二人合計):六十万円
- 滞在中の宿・食事(自宅滞在なのでほぼゼロ、第三国の時だけ十万円)
- 通信費(楽天モバイル・リスボンのMEO):年五万円
- 合計:年七十五万円
多くないように見えて、月に換算すると六万円。二人で割っても、一人月三万円の「遠距離恋愛維持費」です。これを預金の毎月の天引きに設定しておかないと、単発出費で気持ちが揺れます。
ビザの問題
ユキは日本国籍、リスボンにはD7ビザ(パッシブインカム滞在ビザ)で三年前から居住。ナオヤは日本在住。
- ユキは日本入国は九十日までの観光で問題なし
- ナオヤのリスボン滞在は、EU圏内で百八十日中九十日のルール
- 結婚すれば簡素化するが、二人はまだ急いでいない
三年後、二人のどちらかがどちらかの国に完全に移る判断をする可能性は高い。その準備として、両国の税務・在留の制度を二人で定期的に勉強する時間を、年一回設けているそうです。
孤独との付き合い方
遠距離の最大の敵は、孤独です。リスボンのユキには、現地の友人ネットワーク、日本人コミュニティ、仕事仲間がいて、週の予定が埋まるようにしている。東京のナオヤも同様。
「一人の時間を充実させないと、相手に依存が始まって、関係が崩れる」とナオヤ。二人とも、相手の生活の中に自分が占めるパーセンテージを意識的に下げています。それが、逆に長く続く秘訣。
二人だけのルール
- 喧嘩はテキストでしない、必ず音声で
- 週末の深夜通話は禁止(疲労蓄積の原因)
- 相手の街の天気を自分のアプリに登録
- お互いの祝日を自分のカレンダーに入れる
- 年一回、二人で新しい第三国に行く
苦しい時期
二〇二四年の冬、リスボンの雨続きでユキが鬱っぽくなり、東京からのナオヤの励ましが空回りした時期がありました。その時、二人が選んだのは、「週末だけナオヤがリスボンに飛ぶ」という極端な選択。三泊四日、航空券だけで二十万円。
「お金で解決するのは、ずっと続けられない。でも、あの一回がなかったら、たぶん春まで持たなかった」とユキ。遠距離は、年に一度くらい「経済合理性を捨てる判断」が必要な時があります。
三年目の現在
二〇二六年春、二人はまだ東京とリスボンを行き来しています。二人の中で話題になり始めたのは、将来の第三の選択肢:どちらでもない街(バンコク、シンガポール、バルセロナなど)に二人で住むという可能性。
「最初に二人で住む街が、日本でもポルトガルでもない、という選択は、関係を対等にする。どちらかが『相手の国にいる』という引き算の感覚が消える」とユキ。
同じ状況の人への五つのアドバイス
- 時差の同期を一ヶ所に絞る(全部の時間を合わせない)
- 再会を年四回、カレンダーに先に入れる
- 現地の自分の生活を、恋人より優先して整える
- 経済合理性を捨てる判断を、年に一度だけ許可する
- 三年目に「第三の街」の話を、二人で始める
遠距離は、続ける努力ではなく、続く設計をする作業です。次の連絡の時、「今日の窓の景色」から一つ送ってみてください。